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2014年1月3日

コラム ♯593  「 年賀状 」

知人の中に毎年、見事な毛筆で年賀状を送ってくださる方がいる。今の時代、パソコンで筆文字の書体を印刷するのは何の造作もないことだが、プリントアウトされる文字はしょせん無機質な印象しか与えない。それに比べると書の道に通じた人がしたためる文字は筆の運びの強弱からたしかな想いが伝わってくる。やはり筆による賀詞はうれしいものだ。

 

そういえば昨年末に小中高校生を対象に書初めコンクールの作品を募集していることを知った。学年ごとに課題があり、たとえば小学1年生は「うま」、3年生は「日本」、6年生は「初春」で、上級生になるにつれハードルが高くなっていくのがわかる。
一方、これが中学生になると
2
年生は「立志」、3年生は「卒業」で、書初めを通じてしっかりとした意志を確立して欲しいという主催者側の意図を感じた。
そして課題も高校生になると一気に難易度が上がり「駿馬
(
しゅんめ)」となる。「駿」は17画もある漢字だから、偏と旁(つくり)のバランスに苦労することだろう。だいたい画数の多い漢字はいざ書くと大きくなりがちだ。

 

ためしに僕も「駿馬」と書いてみた。
いちおう有馬記念で優勝したオルフェーヴルを思い描きながら半紙に向かったのだが、案の定「駿」という漢字が巨大化し躍動感などみじんも感じられなかった。普段、パソコンにばかり頼っている人間がいざ筆を持つとこんなものなのかもしれない。想いを文字にできないというのはもどかしいものである。


ふと絵文字やデコメに慣れきった現代の子供たちがどんな書初めを提出するのか気になった。


投稿者:キムキムat 10:27 | コラム

2013年1月8日

コラム♯592  「 人気パーソナリティの条件 」

新年の番組は普段ならネット受けするようなラジオショッピングなどがないため、いつもと違ったリズムになりがちだ。話題も思わぬ方向にそれることが多い。正月三が日に僕が担当した生ワイドもそうで、ひょんなことから過去にエフエム石川に在籍したパーソナリティの人気投票のようになってしまった。

僕も無理に流れに逆らわず、かつて一緒に仕事をした人たちの思い出話をしていたら来るわ来るわ、あっという間にメールが山と積まれていった。

とはいえ、量が増えるからといって人気が分散するわけではない。社員としてマイクに向かった人だけでも20人以上はいるのに名前が挙がってきたのはせいぜい5,6人だった。受け持った番組にもよるのかもしれないが、記憶の中に印象深く刻まれるまでになるのはそんなにたやすいことではないのだろう。


僕自身は放送局の顔になるような人はいくつかの条件をクリアしなければならないと思っている。まずラジオである以上、声質は重要だが、それ以前にしっかりとしたアナウンス技術は不可欠だろう。個性が光ればそれでいいというわけではないのだ。やはり音声だけで伝えるのだから、滑舌が悪かったりイントネーションがおかしかったりすれば輝くような個性もうまくリスナーに届いてくれない。


案の定、人気の上位に来るような人たちは皆、ゆるぎないアナウンス力を備えていた。生ワイドだけでなく、ニュースやお知らせなどの定型原稿も豊かな表現力をこれでもかというくらい発揮した記憶がある。

「○○さんの放送は聴きやすいですね」そんな声を街で何度も耳にしたし、同業の先輩からも「基本ができているねぇ」などという賞賛の言葉をもらった。仲間のことをそのように評価されるのはうれしいものである。

けっきょくのところ基礎が確立されていなければ、やがて聴き疲れするのだ。年に何回かの特番ならまだしも、リスナーの皆さんの生活に密着した生ワイドは聴き心地の良さが絶対だ。確かなアナウンスの土台なくのし上がっていけるほどラジオの世界は甘くないのである。


加えて語彙力や知識も必要だ。一人で仕切っていく以上、機転の良さもなくてはならない要素だといえる。

ただ、今回人気上位にきたパーソナリティの顔ぶれを眺めていて、僕はもう一つ気づいたことがあった。いずれも時事ネタをトークに盛り込んでいくのがとてもうまかったのだ。それは政治や経済の動きだけではない、スポーツからB級の事件まで守備範囲は広かった。それも新しすぎず、かといって古すぎずという絶妙のタイミングで繰り出すのだ。「そう来たか」と唸らされたのは一度や二度ではなかった。


あのような技は酒の席で鍛えられたのではなかったかと僕はにらんでいる。そもそも人気パーソナリティと呼ばれた人たちは酒が強かった。これは偶然ではないだろう。不特定多数が集まり話題が錯綜するような酒席で知らず知らずのうちにパーソナリティとしての素養が磨かれていったにちがいないのだ。


けれども時代の趨勢として、酒席を好む若者は減ってきているという。アナウンサーやパーソナリティを目指す人たちも然りらしい。そうなるとアナウンス技術は磨くことはできても時事ネタを嗅ぎわける能力などはどこで会得していけば良いのだろう。

ラジオはこれからどんどんつまらなくなっていくのではないか・・・

嫌いな人に無理やり「酒を飲め飲め」とは言わないが、だったらそれに替わる修行の場を早急に見つけ出さなければならないだろう。

 


投稿者:キムキムat 20:46 | コラム

2013年1月1日

コラム♯591   「 年末年始の職場 」

「年末年始は代休消化ができるので助かりますよ」
昨年末、取材現場で出会った馴染みのテレビ局のカメラマンはそう言って相好を崩した。
年の瀬から正月にかけてテレビ局はローカルニュースの枠が縮小されるため、大事件でも起きない限り報道セクションは比較的のんびりできるのだ。家族サービスの計画もあるのだろうか、そのカメラマンは久しぶりのまとまった休みが楽しみでならない様子だった。

年末年始に代休消化ができるテレビの世界に比べラジオは同じ放送メディアでもずいぶんと事情が違う。テレビの年末編成とは対照的にラジオは年越しといってもほとんど製作スタッフの勤務シフトに変化はないのだ。番組はいつもどおりの時間に始まり、通常ワイドやニュースはすべて生放送である。

こうしたラジオとテレビの違いは特番に軸足を置くか置かないかの違いなのだと思う。テレビの年末年始は段積みとなった大型特番で構成される。歌番組や芸能番組、それでなければスポーツだ。地方のローカル局が制作する時間などは当然、削られてしまう。
それに対してラジオは特番を控えめにして、生ワイド中心に地域情報を大切にしようというスタンスだ。テレビとは反対にローカル制作の番組枠が拡大することもある。

テレビで働く人たちにとって休めないラジオ現場は過酷に映るのだろう。
「ラジオはたいへんですね」などとねぎらいの言葉をかけられることがよくある。
たしかに年末年始に代休消化ができるなんて羨ましい話だと思う。そんな具合になれば、大掃除や年賀状書きがゆっくりできて、KEIRINグランプリの予想も落ち着いて立てられるに違いない。

だが、その一方で僕は年越しも新年も普段通りマイクに向かうところにラジオマンの矜持を感じている。新春スペシャルと謳いながら、実は10月や11月に収録しているような番組を流すことが多いテレビの特番とは違いラジオの生ワイドが伝えるのは身近に流れるたしかな時間だ。聴いている人たちと同じ時間を共有できているという一体感がある。「ラジオって良いでしょう」そんな風に自慢したくなる。
加えて年末年始の生ワイドを担当すると「いつもは仕事の傍ら断片的にしか聴けないけど、正月休みはゆっくり聴けます」などというメッセージが届くのもうれしい。いつものプログラムだけど、そうじゃない特別感がある。

そういえばよく利用するタクシーの運転手さんはハンドルを握ったまま年を越すのが恒例なのだが、それが全然苦ではないという。この時期は初詣の神社が起点になるなど、レギュラーのお客さんが普段とは違う動線で移動するのが興味深いらしい。いつも一人で乗ってくるビジネスマンが家族連れだったりお年寄りが孫といっしょだったりすると、ほのぼのとした気持ちになれるのだそうだ。どこか共感できる話だった。

ラジオマン、タクシードライバーのほかにも年末年始を職場で当たり前に過ごす人間はたくさんいる。
「こんなときに仕事かよ」などと不満を口にする人も中にはいるのかもしれないが、多くのプロフェッショナルはいつもと違う時間を過ごす人たちのおかげで案外充実した年越しができているのかもしれない。




謹賀新年
昨年は秋以降、更新が滞り、多くの読者にご迷惑をおかけしました。
「体調がすぐれないのですか」などと尋ねられることもありましたが、いたって元気ですのでご安心ください。
600本も目前ですし、頑張って2013年はコラムを書いていきたいと思っています。
どうか本年もよろしくお願いいたします。

投稿者:キムキムat 00:07 | コラム

2012年10月23日

コラム♯590   「 本当のグリーンスタジオ 」

番組に出演するゲストがスタジオに入るとき、思い出したように靴を脱ごうとすることがある。たいていが何度もエフエム石川に足を運んでいる人だ。慌てて「靴は履いたままでも大丈夫なんです」と言うと怪訝な表情をされる。

エフエム石川のスタジオは2年ほど前まで土足厳禁だった。
スタジオ内には精密な機器が設置してあるので、それらをホコリなどから守るよう開局時から土足では立ち入らないように徹底したのである。僕らは自前の内履きを用意し、外部からやって来る人にはスタジオ前にスリッパ備えた下足箱を準備した。

その当時、靴のままスタジオに入るのを禁止するラジオ局は多く、とくにエフエム石川だけが変わったことをやっていたわけでもないのだが、やがて土足厳禁のスタジオは少数派になっていく。掃除をこまめにやって清潔にしていれば、それほど汚れないという考え方に次第にシフトしていったのだ。
ラジオ局のスタジオにはそのファッションが話題になるアーティストなどもやって来る。もしかするとそんな人たちから「靴もファッションの一部なのだから」とやんわりクレームがついたのも理由の一つだったのかもしれない。たしかに秋冬にやってくる女性のゲストの場合、ロングブーツをいちいち着脱しなければならないのは傍目からもたいへんそうだった。

僕自身はかなり前から靴のまま入室してもらってかまわないのでは、と思っていた。着脱を強要するのにきがひけるというのもあったが、来客用のスリッパが思いの外汚れたり破損したりするのだ。いつも新品同様のスリッパを出すことは経済的にも負担だ。それだったらきちんと清掃をする方が良い。そんな風に合理的に考えていたのである。

ただ、何事もチェンジをするときにはきっかけが必要になる。エフエム石川の場合は昨年、放送システムが全面的に新しくなり、スタジオの床から壁までが一新された。これが合図となって長年続いた土足での入室禁止は撤廃されたのであった。
でも、前述したように土足厳禁のエフエム石川を知っている人は今でも入り口で靴を脱ぎそうになる。聞けば靴を脱いで入らなければならない、というのはけっこうなインパクトだったという。

ならばそれを逆手にとるのも面白かったかなどと最近よく思う。駅と同じで放送局のスタジオなど基本的には同じような作りである。土足では絶対に入れないように畳敷きにするとかすればエフエム石川のスタジオは強烈な印象を与えたはずだ。 
どうせ大きなスタジオは2つあるのだし、一方を畳敷きの風変わりなスタジオにすればよかった。もし畳敷きが実現していれば、文字通りグリーンスタジオだったことだろう。

投稿者:キムキムat 21:52 | コラム

2012年10月9日

コラム♯589    「  出番待ち  」

担当する番組が秋から変更になり、しばらく慌ただしかった。僕の場合、構成や選曲も手がけるので、出演している生放送の部分よりもむしろ準備の負担が大きい。本当に第一週が無事終わるまでは息がつけなかった。
何かと心配事もあったが、心強かったのは前の番組から組んできた音声担当のスタッフが今回も引き続きいっしょだということだった。声の調整や進行などにあれこれ指示を出す必要がないのは助かるし、その分の時間を他の作業に回せる。おかげで第1回がスタートするぎりぎりまでいろいろなチェックができた。

だが、一番ありがたかったのは、やはりいつものペースで本番に臨んでいけたことではなかったかと思う。僕は周りの人たちとぺちゃくちゃしゃべりながら番組を迎えるタイプではない。本番前の10数分は当日の流れをおさらいや迎えるゲストのデータの確認などを頭の中で行う貴重な時間なのだ。邪魔されたくはない。

ただ、これで良いのだろうかという迷いもある。
他の番組のスタジオを眺めると、とにかく本番前の出演者はリラックスしている。スタッフ同士で冗談を言い合い、ときに喚声が上がることもある。それはもう放送が始まっているのかと思わせるくらいのノリの良さで、そこにピリピリしたムードはない。そんな様子を見るにつけ、「何よりも一体感が大切なのかな」などと考えてしまうのだ。
あと、リハーサルや打ち合わせをたっぷりやりたがるスタッフ、というのもいる。予定の台本があるとすると、それを最初から最後まで通しで練習しないと気が済まないのだ。そんな人は同様に顔合わせのときにも想定される質問をすべてさらけ出してしまう。
クリエイターは十人十色だから、いろいろなやり方があっていいとは思う。でもこれから真剣勝負に出ようというときに、手の内をそっくりそのまま見せてしまうことには抵抗がある。それでは新鮮味がない。

先日、俳優の大滝秀治さんが亡くなった。大滝さんが出ている映画やテレビドラマはよく見たが、役に徹する無骨で厳しい人なのだろうなという印象を持っていた。
訃報記事を読むと、私生活でもやはり舞台にのめりこむようなところがあったと何人もの人が証言していた。ただ、激情型の人ではなかったらしい。僕がひきつけられたのは「出番まで静かに待つタイプであった」という一文だった。

何かを表現しようとするとき、各々にスタイルがある。
無理に他人の真似をしたり流行に合わせたりするものでもないのだろう。僕も自分のやり方を貫こうと思った。
かくして番組は変わったが、本番直前の時間はこれまでと同じように流れている。気心の知れたスタッフは何かをとくに話すわけでもない。無駄のない淡々とした空気の中で前と変わりなく番組はスタートしているのであった。

投稿者:キムキムat 19:27 | コラム

2012年9月14日

コラム♯588   「  ベリカード  」

「番組で紹介するときは根本的なところから説明してほしい」
そんな指示を受けた。何のことかというと、秋恒例となった金沢駅地下広場のイベント「ハローファイブ・ジョイント・パーティ(HELLO FIVE .jp)」で初めて行うことになった「ベリカード展」を放送でPRするときの注意事項である。

ベリカードというのはラジオやテレビを受信した人が放送局に電波の状況などを報告するとそのお礼に発行される絵はがきのようなカードのことだが、あまり知られていないだけに一からきちんと説明するように、とアドバイスされたわけだ。
ま、ベリカード収集が流行った20年から30年くらい前でもベリカードは知る人ぞ知るという代物だったから、仮にその時代に同じような試みがあったとしても細かな説明はかなり必要だったとは思うが・・・

それはそれとしてベリカード展なんてラジオ局らしい良い企画だと思う。ベリカード自体はテレビ局でも出しているようだが、やはり歴史的にみればラジオとの関わりの方が深い。遠方の番組を受信して報告書を送り、ベリカードを心待ちにするというのはラジオならではの楽しみであり、今のように通信手段が発達していなかった頃はどのように電波が届いているのかを知るよりどころとして局の技術者にとっても重宝されたのではないだろうか。

エフエム石川が開局したときもベリカードを求めてたくさんの受信報告書が届いた。もっとも遠いところでは山陰や東北から届いたものがあったが、けっこううれしかった記憶がある。たぶん今回のベリカード展を思いついたウチのスタッフもそんな感慨があったのではないだろうか。

ただ、残念な話も聞いた。
ベリカードを取り寄せるためにJFN38局に連絡をとったところ、中に数局ベリカードの送付をやめたところがあったという。そんな放送局はもはやベリカードも製作していないらしい。インターネット環境がこれだけ整備された今、リスナーからのレポートを郵送で受け付けお礼にわざわざカードを送り返すというシステムが前時代的だというのはわからないでもない。でも局側とリスナーの温かなコミュニケーションが失われていくようで少し寂しさを感じる。

ラジオで生きてきた身としては、そんな放送局がこれ以上増えないように願いたいのだが、アイデアはいろいろある。たとえばラジオの受信報告書は鉄道で旅をしながら送られてくることが意外に多い。ベリカードを集める列車の旅を企画するなんてどうだろう。(ちょっと苦しいか)
そうそう「ベリカード婚活なんてどう?」という声もあった。でもねぇ、開局以来、受信報告書を送ってベリカードを希望する人って圧倒的に男性なのだ。とりあえず女性のベリカードファンを増やすことが今回のベリカード展の喫緊の命題だろうか。


※  次回更新は9月20日の予定

投稿者:キムキムat 21:53 | コラム

2012年9月4日

コラム♯587  「  カワウソ人気よ、もう一度  」

七尾市ののとじま水族館にはコツメカワウソのいる水槽がある。そこにやって来る人の何人かに一人はコツメカワウソをラッコと間違えてしまうらしく、先日、のとじま水族館から特別番組を放送したときも「これはラッコ!」と子供に説明している若い母親がいたそうだ。同じイタチ科とはいえ、カワウソとラッコでは大きさから生態までまるで違う。それだけカワウソになじみが薄くなっているのかと、僕はスタッフの話を複雑な思いで聞いていた。

さて、そんな話をしていた矢先、環境省がニホンカワウソを「絶滅種」に指定した。絶滅の決め手になったのは30年以上目撃例がないということらしい。
もちろん僕は野生のニホンカワウソなど一度も見たことはないが、それでも子供の頃、会話の中にカワウソが登場することは少なくなかったと思う。たぶん僕の両親から上の世代にとってカワウソはごく一般的な動物だったのだろう。事実、かつては日本全国の川に広く生息していたという。

人を化かす動物というとタヌキやキツネが代表的だが、カワウソも怪異をもたらすとされてきた。ついこの間読んだ新聞にも、カワウソにだまされる話は田舎では日常茶飯事だったとする読者からの投稿が載っていた。どこか愛らしい印象があるカワウソが妖怪扱いされるとは意外な気もするが、昔の川や湖は灯りなどなく相当に不気味だったはずで、そんな中でカワウソが水音などたてれば身が縮む思いがしたことだろう。河童伝説の正体はカワウソだとする説もあるらしいが、それも何だかうなずける話だ。

そういえば小学校に上がる前に読んでいた保育絵本のようなものには殿様の乳母が実はカワウソだという物語があった。たしか「カワウソばばあ」と呼ばれていたと思う。ちょっとうるさ型だが、殿様の味方になって面倒をみる愛すべき存在だった。
それからカワウソといえば吉田戦車氏の漫画に「かわうそ君」というキャラクターがいた。アニメ化もされたから覚えている人も多いだろうが、あれも考えてみれば1990年代の作品だ。
カワウソの存在がメジャーだったのもこの時代くらいまでだったのかもしれない。したがってカワウソが人々の意識から遠ざかってすでに20年近いということになる。そりゃあ水族館のコツメカワウソがラッコと間違えられても仕方ないことか。

ニホンカワウソの絶滅宣言は残念な話だが、そのおかげでカワウソのことをいろいろ思い出すことができた。まして若い頃、実際にカワウソに遭遇していたお年寄りなどは多くの感慨があったことだろう。
絶滅の判断基準が30年間目撃例なしというのが妥当かどうかはわからない。人の目の届かない場所でしぶとく生きている可能性は捨てきれないようにも感じる。
いつかひょっこり顔を出して大ニュースになり、ラッコから人気者の座を奪還してくれることを願いたい。



※  次回更新は9月13日の予定

投稿者:キムキムat 19:44 | コラム

2012年8月23日

コラム♯586   「  ワイプ  」

残念なことだが、ワンセグの開始以来、車を運転しながらテレビの音声を流す人が増えた。
タクシーでさえ、今や半分以上が車載用の地デジチューナーを利用しているのではないだろうか。タクシーに乗ってテレビの音が耳に入るとがっかりする。

もちろんそれは僕がラジオで仕事をしている人間だからなのだが、もうひとつ車の中で聞くテレビ放送が騒々しくて落ち着かないということも大きい。とりわけ仕事が終わって疲れているときなどは耳障りでスイッチを切って欲しくなる。FM、AM問わずカーラジオをつけているときはけっしてそんなことはないのに・・・
理由として、出演者がラジオよりもテレビの方が多いせいではないかと僕は考えている。今のテレビはたとえニュース番組であってもコメンテーターを何人も置くことがある。たくさんの人物の声が入り乱れるのは大きなデジタルテレビならまだしも車内のオーディオシステムでは単にかしましいだけでストレスとなる。ましてタレントや芸人が出てくるようなバラエティになればなおさらだ。けたたましい笑い声、嬌声などがいちいち神経に障る。

いつからテレビはこのようにいらいらするような音を出すようになってしまったのだろう。
だいたい画面の中に小窓のようなくり抜きを作るワイプという制作手法がいけない。ワイプを多用するようになってからというもの、不意のカメラを意識してリアクションがやたらとオーバーでわざとらしくなった。それに目立つ言動をすればカメラで抜いてもらえるものだから、とりあえず名前を売りたいと思っているような人は映りたくて我先にとしゃべる。それがやかましさに拍車をかける。もういいかげん、何でもかんでもワイプにするのはやめたらどうだろうか。

ためしにラジオを聴いてみるといい。音声だけのメディアであるラジオにはむろんワイプなどない。テレビのように大人数で進行することもなく、たいていスタジオの中は1人か2人だ。スピードがあっても声が錯綜することはない。間合いもいい。そうだ、今のテレビには間合いの妙もなくなっているのだ。

その昔、ラジオの深夜放送はうるさいとか品がないとか言われたものだが、現代ではテレビの方がはるかに不快になった。テレビには画があるのだから、それだけをしっかり見せていれば十分説得力があるのに・・・



※  コラムは毎週木曜日の更新です。
   次回更新は8月30日の予定

投稿者:キムキムat 20:14 | コラム

2012年8月16日

コラム♯585  「 ナレーターのくせ  」

FMの代名詞ともいわれる深夜の音楽番組「ジェットストリーム」の初代パーソナリティ(機長)だった城達也氏はナレーション収録の際に必ずスーツ姿だったという。ナレーションに「皆様の夜間飛行のお供をしますパイロットは私、城達也です」という有名なフレーズが出てくるが、氏はそんな冷静沈着できりっとしたパイロットのイメージに近づくよう身なりにも気を配っていたのであろう。もともとは俳優だった氏らしいエピソードだと思う。

放送業界でナレーションを担当する人には演劇を学んだ人が多いせいか、収録に臨むにあたって声に表情を出そうとあれこれ工夫する人は思いのほかいるようだ。
エフエム石川でCM制作にあたっているディレクターによると、出入りのナレーターの中には顔の表情を原稿に合わせて変える人がいるという。その方は原稿の内容がどんな状況でどんな雰囲気になっているのかを細かく尋ね、どんな語り口調にすればいいのかを思い描くのだそうだ。場面設定によって表情が少年のようにさっそうとしたかと思えば、一転枯れた老人のようにもなるという百面相はなかなかに見ごたえのあるものらしい。

そういえば僕の知っているナレーターの一人にメガネを替えるという人がいた。地味なメガネ、派手なメガネなどタイプの違ういくつかのメガネを持っていて、与えられた原稿の印象によってどれをかけるのかセレクトしていくのだ。たしかどれもだてメガネに近くて場合によってはメガネなしで仕事にかかることもあったはずだ。録るのは声だけだとしても、顔を作ってテンションを高めていくことが重要なのだろう。

役作りとは少し違うが、録音中に身振り手振りの激しい人も多い。手のひらでくるくる円を描いたり、まるでマラソンランナーのように前後に動かしたりする人がいる。たぶんそうすることで自分なりのリズムを作っているのだろうが、傍から眺めているとちょっと奇妙だ。あの動いている手をいきなり後からガシッとつかんだら、ナレーションが突然ぎくしゃくしだしてしまうのだろうか・・・ そんなことを考えてしまう。

ナレーターには他にもいろいろなタイプの人がいる。
声だけで渡り歩いていく人たちはいずれも職人気質だ。それだけにどうすれば納得のいく声を出せるのか、長年の経験の中で会得したのだろう。リスナーの皆さんも番組の語りやCMに接するとき、そんな録音作業の舞台裏を想像しながら聴いてみると楽しいのではないだろうか。




※  コラムは毎週木曜日の更新です。
   次回更新は8月23日の予定


投稿者:キムキムat 20:22 | コラム

2012年8月9日

コラム♯584    「  あんた、誰?  」

ロンドン五輪もそろそろ閉幕で、話題にするには薹(とう)が立った感じなのだが、開会式の入場行進でインド選手団に紛れ込んでいた謎の女性がいまだに気になって仕方ない。謎の女性といっても、とうにどこの誰かなのかが判明しているので正体不明というわけではないのだが、僕が引っ掛かるのはあの入場行進の模様を見て最初から怪しいと感じた人がどれだけいたかという点だ。
たしかに選手団とは明らかに異なる服装だったが、僕は無関係の人物だという指摘を受けなければ最後までターバンとサリーを忘れた選手・・くらいの印象だったと思う。それほどあの女性はあの雰囲気の中に溶け込んでいた。
インド選手団から怒りの声が上がったという報道もあるようだが、少なくとも行進中は周囲の選手に動揺や混乱は見られなかった。むしろ和気あいあいとしていて、旧知の間柄のように見えたものだ。

見ず知らずの団体の中に混じってもまったく動じず、違和感のない人というのがいる。僕などは招待されたパーティーですら、初対面の人ばかりだとどきどきして平常心ではいられなくなる。気が付くと会場の隅っこで小さくなっていることがほとんどだ。そんな僕から見れば、五輪の入場行進に紛れて笑顔で手を振るなどまったくもって信じられない大胆不敵な行動である。現地ではセキュリティのずさんさが糾弾されているらしいが、こうした人物を食い止めるにはよほど注意深くないと難しいのではないだろうか。

この話を知って、僕は思い出したことがある。ある大物アーティストのライブ後の打ち上げに全然関係のない男がいたという話だ。大物アーティストだけあって、かなり大きな和室を貸切にしていたらしいのだが、その素性の知れない人物は早々と上座に着きライブの感想や反省点などをさも関係者然とした顔でぶっていたという。酒もしたたかに飲み、料理もきれいに平らげ、「次もがんばれよ」などと上から目線のエールも送ったというからすごい。なんとお開きになるまで部外者だということに出席者全員が気づかなかったのだ。後日「ところであの人誰だっけ?」と誰かが尋ねたところからわかったのだが、それまでは皆それぞれに「誰かの知り合いなのだろう」と思い込み、何の疑問も持たなかったらしい。

おそらく五輪の開会式でのハプニングもインドの選手たちは「自分は知らないけど大会関係者で他の人たちは了解しているのだろう」という風に判断したのだろう。だいたいあれだけ壮大なセレモニーに呼ばれてもいない人物が参加しているとはふつう考えない。
だが、何もなかったからよかったものの、選手とトラブルが起きたりしたらたいへんなことだ。女性本人は「五輪が開幕する興奮のあまりいっしょに行進してしまった」と話しているらしいが、ハイテンションになって暴走すれば危ないことにもなりかねない。
ちなみに大物アーティストの打ち上げの一件も笑い話のようだが、まんまとタダ酒を飲まれてしまったわけでそれなりに迷惑を被っている。

セキュリティは日々新しくなっているが、どんなに進んだ技術にもすきがないわけではない。最終的に闖入者を食い止めるのはそこにいる人たちの率直な問いかけだと思う。この言葉を躊躇(ちゅうちょ)せず口にしたいものだ。
「あんた、誰?」



※  コラムは毎週木曜日更新です。
   次回更新は8月16日の予定

投稿者:キムキムat 13:09 | コラム

2012年8月2日

コラム♯583   「 不自由な五輪観戦 」

金メダリストも誕生してロンドン五輪が俄然盛り上がってきた。番組宛にいただくメールにも「寝不足の日々が続いています」などという意見が目立つ。僕もここまで柔道や体操を睡魔と闘いながら観戦してきた。今後は個人的に期待する自転車のトラック競技が控えている。自転車はテレビの生中継はないが、今回の五輪からライブストリーミングがある。ますます夜更かしをする時間が増えそうだ。

今回の五輪の舞台、ロンドンと日本の時差は8時間である。間違いなくヨーロッパでの五輪は日本で観戦するには体力勝負なのだが、僕はある意味「五輪らしいな」とも感じている。振り返れば前回の北京大会のときはテレビ観戦をするのに時間的な障害はなかったわけだが、どこかアジア大会を見ているような錯覚に陥ることがあった。五輪のような最高峰の舞台は遠いところでやっている雰囲気が出ないことにはテンションも上がってこないものなのかもしれない。

そもそも僕が物心ついて五輪中継を観始めたのは1972年の大会で夏季の開催地はカナダのモントリオール、冬季はオーストリアのインスブルックだった。(当時は夏季、冬季が同一年開催)、いずれもかなりの時差があって子供には苦行だった。そんな記憶があまりにも強烈で「五輪観戦は不自由なもの」という印象ができてしまったのかもしれない。

そういえばエフエム石川のあるベテランディレクターが面白いことを言っていた。
通信技術が進んだ今の五輪中継は映像や音声があまりに美しすぎるというのだ。わかるような気もする。言われれば5大会ほど前までは映像の輪郭はもっとぼやけていたし、音声もときにどこかくぐもっていた。まるでどこか違う星で行われているような気がしたものだが、あれがまた風情があった。
実際にこの地デジ時代にそんなことをやったら非難ごうごうだろうが、そんな試練を乗り越えて観た五輪に今とは違う感動があったのは事実だ。

ところでスポーツの好きな人が何人か集まると過去の五輪大会の話題に花が咲くことがある。そんなとき興味深いのは「学生だったので徹夜で五輪中継を観戦し続けても平気だった」とか「子供が生まれたばかりで起こさないように実況の音量を絞って観た」とか当時の暮らしぶりなどもいっしょに語る人が多い点だ。
眠い目をこすりながらも観ていれば、やがてその記憶が人生をたどる尺度になる可能性がある。やはり五輪観戦は何かと不自由なところが良いのだ。



※ コラムは毎週木曜日の更新です。
  次回更新は8月9日の予定

投稿者:キムキムat 20:41 | コラム

2012年7月26日

コラム♯582   「  ラジオ工作  」

ついにここまできたかという話を知人の男性からきいた。
夏休みを迎え知人の住む地域でも公園でラジオ体操が始まり、小学生の兄弟を抱える彼の家にも輪番制の世話係が回ってきたそうなのだが、連絡票とともにラジオも届けられたというのだ。ラジカセタイプのそのラジオは専用のバッグにうやうやしく入れられていたらしい。
このご時世、ラジオ体操に保護者が当番を決めて出向くというのは万一のときの見守り役として必要なのだろうが、共用のラジオがわざわざ一台用意されているというのはいささか驚いた。当番になっても持ち出すラジオが家庭にないということなのだろうか。
僕が子供の頃はたまたま我が家がラジオ体操の会場からもっとも近かったので連日僕がラジオを持参していたが、仮に僕が欠席したとしてもラジオぐらい誰でも持ってこられたはずだ。ラジオはそれほど身近な家電製品だった。

現代はラジオ放送もパソコンなどで聴けるケースが多く、ラジオを所持する人が少なくなったからといって、短絡的にラジオの聴取人口まで減ったとは言えないが、それでもラジオという機械への馴染みが薄くなっているのは寂しいことだと思う。
僕らの世代は番組もそうだが、ラジオという受信機それ自体にも深い郷愁を持っている。そもそも昭和の頃、機械に興味を持った子供たちが最初にパッケージの中をのぞいてみようとしたのはラジオだったのではないだろうか。慣れない手つきでネジをドライバーで外し、半導体がびっしりと詰め込まれた基盤が現れたときには興奮で手が震えたものだ。さすがにそこからパーツを分解したりはしなかったが、エレクトロニクスが血の通った生き物のように感じられてそれだけで十分感動的だった。
後に海外の短波放送を受信して楽しむBCLブームやエアチェックのための高機能ラジカセなどの時代が訪れるのだが、やはり原点は自らの手でラジオの本体をむき出しにした体験だったと思う。

はたして今の子供たちが身近な機械を好奇心から分解してやろうと考えることはあるのだろうか。パソコンや携帯電話などIT機器が暮らしを埋める現代だが、それらの内部を確認することは子供たちにとって難易度が高すぎるような気がする。
「ちょっと開けてみました」そんな軽い気持ちでふたを外せるのはラジオをおいてほかにはないと思う。

さて、エフエム石川では昨年度より定期的に親子で楽しむラジオ工作教室を開いている。これはラジオをバラバラにするのではなく反対に部品を一から組み立てていこうという催しだが、毎回たいへん好評だ。
今はハンダなど使わなくても簡単にFMラジオができてしまうのだが、そんなラジオ作りに子供より親の方が夢中になっていることがある。ラジオの内部に関心を抱いたことが過去にあるのかもしれない。
そんな親子ラジオ工作教室を夏休みの特別編として8月19日に金沢競馬場で開催することになった。競馬場での催しにいつも参加している縁で、今回は僕も親子のラジオ作りを見守ることになっている。

ちなみに親子ラジオ工作教室で作るのはFMラジオなので、残念ながら完成してもラジオ体操を聴くことはできない。けれども競馬場は広いので作り上げたラジオを大音量で鳴らすことはできる。
なぜこんなことを書いたかというと、最近のラジオ体操の集いは近隣への迷惑を考えてボリュームを絞って行っているところが多いのだそうだ。何だか味気ない話だが、その分親子ラジオ工作教室で日頃の鬱憤を晴らしてみてはどうだろう。きっと夏休みの良い思い出になるにちがいない。



※  コラムは毎週木曜日の更新です。
   次回更新は8月2日の予定


投稿者:キムキムat 22:51 | コラム

2012年7月19日

コラム♯581   「  作家の素顔  」

芥川賞と直木賞が発表になった。今回はいずれも30代前半の女性作家が受賞し話題だが、僕は毎年、夏と冬に決まるこれら2つの賞を心待ちにしている。もともと本は好きなので贔屓にしている作家の作品がエントリーすればそれだけで賞の行方が気になるのだが、それ以上に受賞後の記者会見が楽しみなのだ。

そもそも小説家という職業の人たちの素顔がクローズアップされる機会はそんなに多くない。顔写真にしても文庫本のカバーにちょっとだけ出ることがあるくらいで、それだっていつどこで撮影したものかわからない。むろんこういう時代だから公式サイトを開設している作家は大勢いるだろうが、パソコンでそこまで追いかけなければ作家の素顔というのは謎のままなのだ。大家は別にして、作品を読みながら作家の表情や背格好、口調などをあれこれ想像している読者は少なくないのではないだろうか。

芥川賞と直木賞の受賞後はそんなミステリアスな作家がいきなりカメラの前に姿を見せるという点ですごく興味深い。そして正直言って、僕はこうした記者会見の報道を毎回呆気にとられながら見ているのだ。
僕が小説などから思い描く著者のイメージは十中八九本人とはかけ離れている。本の内容からシニカルできつそうな人なのだろうと連想すれば温和でにこやかな人が登場するし、太った中年のオヤジをイメージしていると若くて颯爽とした人物が現れる。「ホントにこれが○○なのか!」とテレビに向かって絶叫していることは数知れない。あまりに毎回そんなことばかり続くので、最近は「今度はどのように予想が外れるのか」と変な楽しみになってしまったというわけなのだ。ちなみに今回の女性作家2人も悲しいくらいに当たっていなかった。

ただ、このように素顔の予想がつかないというのは作家の側に立てば、一種の褒め言葉なのではないかと僕は思っている。なぜなら小説は虚構だからだ。読者の心理の盲点をあの手この手で突いてくる作家がそう簡単に素顔を見破られたのではやはり話にならないだろう。きっと素顔が想像と異なれば異なるほど、その作家は「腕が立つ」といえるのだ。

そういえば僕らラジオのしゃべり手も昔は素顔を公開しない職業の代表格だった。リスナーは声とかトークの内容から勝手にラジオの向こう側に思いを馳せる。それだけにイベント会場などで偶然いつもの声の主に遭遇したときは感動や驚きがあった。今から思えば「うまいなあ」とか「そう来るか」などと思わせるパーソナリティほど予想とは違っていた気がする。
今はラジオのしゃべり手といえども正体不明ということなどありえない。動画も様々な場面で公開されている。
こんな時代だからこそ、小説家の皆さんくらいは神秘のベールにずっと包まれていてほしいと僕は願う。驚きの素顔は大きな文学賞を獲ったときに明らかになればいい。それが本を読む喜びのひとつといえるのではないだろうか。



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   次回更新は7月26日の予定

投稿者:キムキムat 20:16 | コラム

2012年7月12日

コラム♯580   「  カイコ  」

先日、古い地図を眺めていて懐かしい記号に出会った。アルファベットのYの縦の棒線の先が少し右に折れ曲がってLのようになっているマークだ。ちょっと考えたが、「そうだ桑畑だった」と思い至った。小学生の頃、身近な地域の地図を作ることになり、この記号をけっこう書き入れたのだ。田舎だったので、まだ至る所に桑の木があったのだろう。

僕らが子供の頃は理科の授業の一環でカイコの幼虫をクラス全体で飼っていた。学校の周辺にはカイコのエサとなる桑の葉が豊富にあったから、生き物の観察材料として絶好だったのだと思う。ただ、桑の葉がたくさんあっても、カイコもけっこうな大食漢だ。育ってくるとエサ係に当たった人は日に何度か桑の葉を調達してこなければならなかった。そうやって摘んできたばかりの桑の葉をカイコがワサワサという音を立てて食べまくる。今から思えば郷愁を誘う素朴な音だった。

そんなカイコは学校が夏休みを迎えると輪番制で世話係を決めて、順番にクラス全員の家々を回る。それにしても男女の別なく世話係は当たるのだが、当時「カイコが気持ち悪い」とか「私にはできません」などという同級生はいなかったように思う。我慢していたのか、飼っているうちにそれなりに愛おしくなったのか・・・僕は後者ではなかったかと思う。

あの頃を振り返ると、カイコの飼育というのはカブトムシのようなコレクションの対象には絶対にならないが、人の役に立つ生き物を育てているという充実感がある。例えるならミニチュアのファームを運営しているような感じだ。
「また飼ってみてもいいかな」
そんな風に考える人が何人かいるのではないだろうか。僕だってカイコが桑の葉を平らげていくワサワサという音をまた聞いてみたい。

試しにインターネットで調べてみると、「カイコの飼育セット」なるものが通信販売されていることがわかった。カイコの幼虫と飼育箱、「まぶし」と呼ばれる繭を作る巣のようなものがセットになって販売されているのだが、驚いたのはエサだ。てっきり桑の葉をどこかから取り寄せることになるのかと思ったのだが、今は人工のエサがあるらしい。茶色いペースト状にしたものがソーセージのようなチューブに詰められているのだという。たしかにカブトムシやクワガタ虫のエサは人工のゼリーが当たり前になったが、練り物のようなエサを喜んで食べるカイコはちょっと想像がつかない。本当にそんなエサを食べて真っ白な絹糸を吐き出せるのだろうか。

何はともあれ音も立てずにエサを食べるカイコでは風情がない。
桑畑のマークが地図からほとんど消えてしまった今、カイコ飼育の醍醐味も失われてしまった。



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投稿者:キムキムat 21:43 | コラム

2012年7月5日

コラム♯579   「 節電の夏と七夕飾り 」

夜遅くまで続いた作業をなんとか終え、帰り支度をしてバス停にたどり着くと終バスの時刻ぎりぎりだった。やれやれと思ってベンチに腰をかけようとすると背後から少しはかなげではあるが、耳に心地よい音がした。振り向くと、そこにはいくつもの七夕飾りがあり、短冊や吹き流しが夜風に揺れていた。
「ささのは、さらさら、のきばにゆれる」
そんな童謡が思わず口をついて出そうになった。
それにしても七夕飾りといえば、この歌のように、かつては家庭の軒先に設けられていたものだが、今では街の中心部を彩るのが当たり前だ。サイズがジャンボになり、飾りも種類が増えてずいぶんと華やかになった。願いが込められた短冊をひとつひとつ読んでいくのも楽しい。そんな七夕飾りがデパートの派手なバーゲン広告などとセットになって夏の街中に溶け込んでいる。

さて、デパートといえば、節電が叫ばれるようになってから館内がかなり蒸し暑くなった。先日もお中元を贈ろうと売り場を一回りしたのだが、混雑の中でうっすらと汗をかいてしまった。正直もう少し温度を下げてくれないものかなとも思ったが、節電は人が大勢集まる場所から進めていかなければ浸透しない。独り善がりな考え方を反省した。

ちなみにデパートで働いている知人によると、スタッフの皆さんはもっとたいへんらしい。館内に冷房が効き出すのは開店直前で、閉店後はすぐにスイッチが切られてしまうのだそうだ。始業前の準備も終業後の後片付けやチェックもすべて汗びっしょりになって行わなければならない。日中の気温の上がり方によっては蒸し風呂の中のように過酷だという。デパートの中で働く人たちは快適でいいなと勝手に思い込んでいたが、現実はまるで逆のようだ。

考えてみればエフエム石川も節電の夏を迎えている。機材が熱を嫌うのでスタジオやマスター(放送局の心臓部といわれる主調整室)は一定の温度に保たれているが、ロビーや事務所、デスクのある部屋などは今のところ、冷房は入れず外気を取り込むことだけでしのいでいる。
「意識が朦朧としてアイデアが出ない」とか「熱中症になってしまう」とか、不満は口にしているが、それでも皆ぎりぎりまで辛抱する覚悟だ。

ただ、夏の暑さに一朝一夕に体が慣れていくとは思えない。水分を取ることも必要になってくるだろう。あとメンタル面も見逃せない。涼しい光景、涼しい音などを見聞きして精神の安定を保つ必要がある。
ふと、頭に浮かんだのが七夕飾りだ。あれはやはり時期が過ぎたら、撤去されてしまうのだろうか。だが、あれほど視覚に涼を届けてくれるものはなかなかない。
この際、仙台などのように七夕は全国的に旧暦での実施にしたらどうか。そうすれば盛夏の間、七夕飾りが楽しめる。
「七夕飾りを片付けないで欲しい」
短冊にそんな願いごとを書いてみようか。



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   次回更新は7月12日の予定

投稿者:キムキムat 13:45 | コラム

2012年6月28日

コラム♯578    「  老眼  」

某ディレクターが先日、コンタクトレンズの調整のため眼科医を訪ねたところ、「少し老眼が入っていますね」と言われ、ショックを受けたらしい。

男女とも40代を超えたあたりから「老眼」がちらほら話題になり始める。
そもそも「老眼」は目の水晶体の弾力性がなくなり、至近距離のピントが合わせづらくなる現象で、頭髪の悩みや生活習慣病と違い誰もがいつかは自覚することになる。ただ、ほとんどの人が若いときはそのあたりの事情を知らない。だからそれまで他人事だった老化現象が身近なものだとわかったとき、慌てふためき同世代の進行状況が気になってくるのだ。

ただ、誰にでも押し寄せる現象とはいえ、個人差はある。先に発症した人は負け、なんとか踏みとどまっている人は勝ちのようなところがあり、先行している人は本当に悔しそうな顔をする。
幸い僕はまだその兆候はないのだが、通っている美容院のオーナーはすっかり老眼鏡の世話になっていて、髪を切りに行く度に「木村さんはまだですか?」と尋ねられる。そこで勝ち誇ったような表情をするわけにもいかず「ま、なんとか、おかげさまで」くらいにとどめておくのだが、経験者が語るところによるとなかなか煩わしいものらしい。メガネ(老眼鏡)は誂えてあるのだが、いちいちかけたり外したりするのが面倒なのだそうだ。
たしかに書類や本を読もうとするときにわざわざメガネを取り出さないといけないのは厄介なものだろう。実際、老眼になってから、本を読むのも億劫になりまったく読書をしなくなったという人を知っている。さすがに僕くらいの年代になると、そのような話があちらこちらから耳に入ってきて気分を憂鬱にさせるのだ。

だいいち僕の場合、目の衰えは職業柄まずい。もともと小さな文字で書かれた原稿が好みで読むときは一気に3、4行を視界に入れている。近視だが、放送中にメガネは邪魔になるのでかけていない。そうやって長年続けてきたスタイルが狂うと仕事も思い通りにならずじりじりしそうだ。それが何よりも怖い。

大きな声では言えないが、かつて一世を風靡したアナウンサーやパーソナリティの方が老眼鏡で原稿に向かっている姿を最近何度か目撃した。聞けば当初は身を反らせるようにして遠目で読んでいたらしいが、あまりに読み間違いが多く思い切ってメガネを作ったということだった。僕は「明日は我が身かもしれない」と思いながら聞いていた。

それにしても老眼という言葉の響きが良くない。白髪を「ロマンスグレー」と言ったり肥満を「恰幅がいい」と形容したりするような上手い言葉の言い換えはないものか。
ちなみにパソコンやスマートフォンなどの普及で老眼発症年齢は確実に下がっているらしい。30代前半くらいで顕著になるようだと老化現象ともいえないのではないか。
せめて僕が発症する前にカッコイイ呼び名が出回ることを願っている。



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投稿者:キムキムat 22:16 | コラム

2012年6月21日

コラム♯577   「 結婚式、ホームとアウェー 」

6月も終盤に入り、今更書くのもタイミングを逸した感じなのだが、ジューンブライドで結婚式場がてんてこ舞いらしい。僕もつい最近、とある披露宴に招かれ出席したところだ。

結婚式に呼ばれる頻度も年代によって波があるようで、僕の場合30代の後半からしばらくはほとんどお呼びがかからなかった。それがここにきてまた増えてきて、多いときには月に何度もある。自分のスケジュールと照らし合わせて、都合がつくようなら出来るだけ出席するようにしているのだが、招待される回数が増加したのも年を取ってそれなりに責任ある立場になった証拠なのかなと思いを新たにしている。

ちょっと前に招待された結婚式は新婦側の主賓クラスの扱いだった。式は華燭の典と呼ぶにふさわしい豪華なもので、中央のテーブルに着くだけでも相当な緊張を伴った。しかももっと落ち着かないことにその日僕は祝辞を頼まれていたのだ。主賓の挨拶なので当然トップバッターである。
普段スタジオのマイクに向かっている人が何を、と思われるかもしれないが、プレッシャーを感じるには理由がある。
その挙式は石川から遠く離れた地方でのもので、僕は完全アウェーの状況だったのだ。人前で話す機会は多いが、このようにオーディエンスが誰一人として僕のことを知らないというシチュエーションはあまりない。いきなりスピーチなど行えば「この人はいったい誰?」ということになるに決まっている。いつも「エフエム石川の木村です」で通っているだけに、完全アウェーはけっこうな試練だったのである。いちおう4、5分くらいの話はさせてもらったが、最後の方はしどろもどろだった。もうああいう場所でのスピーチは心臓に悪いので勘弁願いたいと思う。

ただ、反対に結婚式が完全ホームなら万事うまく運ぶかといわれるとそうとも言えない。
今月参加した披露宴は金沢市内で開かれたものでゲストのほとんどが県内の人だった。
そんな人たちが「木村さんですか、いつもラジオを聴いています」などと寄ってくる。相手は親しみを込めてあいさつを交わしてくるが、僕自身はその人のことを何も知らないわけで、こういうやりとりはけっこう気を遣う。パーティーだからといっておちおち酒も飲んでいられなかった。

とりわけ今回困ったのは、そうやって「木村さんですか・・」と発した後に「まさか、こんなところでお会いできるとは思いませんでした」などと話す人がいたことだった。たしかに僕だって平生ラジオやテレビでしか接しないような人を間近にすれば感激する。
が、だからといって結婚式の会場で「こんなところ」はないだろう。気が気ではない僕の前でその人は「ホントにこんなところで・・・」とこれでもかというくらい繰り返すのだった。
結婚式はアウェーでもホームでも、思いもかけないトラップがあるものだ。



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  次回更新は6月28日の予定

投稿者:キムキムat 16:55 | コラム

2012年6月15日

コラム♯576   「 ビアガーデン 」

梅雨に入って、金沢もすっきりしない天気が続いている。夏日も増えてきた。ただ、その割に寝苦しくないのは夜の気温がそう高くないためだろう。夜間は梅雨寒な感じだ。
そんな中、少し冒険かなとは思ったのだが、とあるグループでビアガーデンに出かけた。最近は空調の効いた全天候型のビアガーデンも多いようだが、僕らが選んだのは昔ながらのビルの屋上にある施設だった。手すりぎりぎりのところに開いているテーブルを見付けて陣取ると、街の喧騒がはるか下の方から聞こえた。顔を上げれば一面に夜空が広がっている。こうした開放感がビールによく似合うのだ。加えて汚れてもいいようなプラスチック製のテーブルとか雨風にさらされてすっかり黒ずんだコンクリートの床とか、ちょっとチープな点もビアガーデンならではの風情と言えるだろう。

とまぁこんな風に書いてくると、いかにもビアガーデンに行き慣れたビジネスマンみたいなのだが、実をいうと僕がビアガーデンに足を向けたのは5年ぶりぐらいだった。毎年番組で夏の風物詩的に取り上げて、その度に「今年こそは」と意気込んでいたのだが、なぜかいつもタイミングが合わなかったのだ。
それにしてもビアガーデンのような場所でも久しぶりに行くと、時の流れを感じるものだ。
だいたい以前はあんなにアルバイトか何か知らないが、若い女の子が働いていなかった。いたとしても制服を汗だくにしてジョッキや料理を運んでいるのが普通だった。それが今はどうだ。肌の露出の大きなコスチュームで、まるでキャンペーンガールが何人もいるような雰囲気なのだ。
いっしょに行った仲間の一人が面白がって「出身はどこ?」とか「何をやっているの?」などと話し掛けると、「ええっ、石川県」とか「ええっ、学生」とか答え方がどこかはすっぱな印象だった。ま、ちょっとがさつな方があのような場所には合っているのだろうが・・・

あと、ジョッキに大中小の区別がなくなっているのにも違和感を持った。かつてのビアガーデンといえば大きなビアジョッキにオーダーが次々と入り、それを「クハー」などと歓喜の声を漏らしながら空けていく光景があちこちで見られたものだ。それに比べると今のビアガーデンのジョッキは概ね中ジョッキといったところか。バブル真っ盛りの頃ならいざ知らず、1リットル近いビールを一気にあおるのはもはや時代遅れなのかもしれない。

そんなわけで、この日僕らは中くらいのジョッキを何杯も飲み干していったのだが、とにかく肌寒かった。飲めば飲むほど体が冷える。早めに切り上げて屋内の飲み屋に移動したのか、よく見ると広い屋上に客は僕らだけになっていた。
「誰もいなくなったからサービス・・」
例のキャンペーンガールのような格好をした女の子がいそいそと飲み物の注文を取りに来る。何がサービスなのかと思ったら、呼ばれなくてもすすんでオーダーを聞くところが特別なのだそうだ。
一瞬、大盤振る舞いで大ジョッキが何杯も出てくるのかと期待したのだが・・・



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  次回更新は6月21日の予定

投稿者:キムキムat 12:41 | コラム

2012年6月7日

コラム ♯575   「 時間差中継 」

まだ新人だった頃、ラジオ業界の大先輩から「とりあえずワイド番組をやるときには生放送という言葉を何度も口にするように」と教わった。生放送だということを繰り返し伝えればリスナーの側に緊張感が生まれる。そうなればマイクの前で多少言い間違えても大目に見てくれるはず、というのがこの道何十年という人のいわば裏ワザなのだった。「生放送」という文句をミスの免罪符に利用しようというわけだ。

以来、僕はその教えを金科玉条としてきたのだが、生放送だといちいちことわりを入れることの意味が最近ほかにもあるような気がしてきた。生放送しているのだとマイクに向かって言い聞かすことで自分自身のテンションも高まるように思うのだ。
生放送は録音番組と違い、失敗してもやり直しがきかない。それは大きなリスクなのだが、あえて生放送だと宣言することで、そんな過酷な状況がある種の快感に変わるような気がするのだ。まさに「生放送」というのは魔法の言葉で、それがリスナーを引き付けることにもつながるのだと思う。

だが、放送業界すべてが生放送を大切にしているかというと、近年はそうでもない。
とりわけテレビ業界には生放送にみせかけて、実は生ではないというケースがあるのだ。それもスポーツ中継にそのようなパターンが少なくない。
といってもこれは完全な録画ではなくわずかな時間差をつけて放送していくやり方で、実際の試合よりも少し遅れて放送がスタートする。サッカーのように時間が決められている競技ではあまりお目にかからないが、時間の見通しのきかない得点制のバレーボールなどはたいていこの方式を採用していた。

むろん理由はある。
完全生放送にしたくても、3セットで決まるのと5セット目にもつれ込んだのとでは大幅に時間が違ってくる。早く終わってもらっても困るし延々と続いてもらっても困る。放送時間に制約がある中でスポンサーに迷惑をかけず最後まで収めようとしたら、どうしても時間差中継が無難なのだ。

とはいえ僕のように放送局で働いている者は、たとえテレビがまだ第3セットを放送していたとしても結果の速報が通信社のラインを通じて流れてくる。仮にそれを見ないようにしたとしてもタイムラグがあることで中継への関心は薄れてしまうし、場合によってはテレビ映像の気配で勝ち負けが読めてしまうこともある。せっかく中継しているのにこれでは興ざめである。

せっかくの五輪イヤーなのに何とかならないものか・・ そんなことを考えていた矢先、先日のバレーボール女子のロンドン五輪最終予選を見て喝采してしまった。映像がすべて生放送だったのだ。中継を担当した放送局が生にとことんこだわることを決めたのだという。きっと実況アナも力が入ったことだろう。ロンドンへの切符を手にした瞬間の視聴率は31パーセントもあったらしいが、乾坤一擲のドラマチックな流れもさることながら、やはり僕は映像がリアルタイムで結果を伝えたことも視聴者の感動を高めたと思っている。

昔と違って刻々と変化する状況が様々なメディアから伝わってくる時代だ。
業界の事情が絡むとはいえ、ライブ感が損なわれる時間差中継は文字通り時代遅れと言えるだろう。


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投稿者:キムキムat 15:39 | コラム

2012年5月31日

コラム♯574   「  祭りの屋台  」

エフエム石川内のそう若くないスタッフと祭りの屋台の話になった。
縁日の屋台というと、粉ものにヨーヨー釣り、怪しげなくじ引き、金魚すくいなど昔も今も基本的に変わらないのだが、時代の移り変わりの中で消えていったものも少なからずある。盛り上がったのはそういう話題だ。

たとえば射的などは絶滅こそしていないだろうが、だいぶ少なくなった。ダーツやシューティング銃を利用する屋台はあっても昔ながらのコルク銃で的を撃ち落とすタイプにはなかなかお目にかかれない。たとえゲーム用とはいえ、銃のようなものを子供に持たせるのは教育上良くないという配慮があるのかもしれない。

屋台よりも大仕掛けになるが、見世物小屋というのもほとんど見かけなくなった。「ヘビ少女」や「ろくろ首」などいうまがまがしい看板で扇情的に客を集めるアレだ。「親の因果が子にたたり」というおどろおどろしい口上が代名詞だったが、今から思えば何かの障害を持った人とともに商いしていたのだろう。どこかで今も細々と続けられているのかもしれないが、下手にやると差別やいじめにつながるとして山のようにクレームが来るにちがいない。

さて、お目にかかれなくなった屋台には衛生的に今の時代、受け入れられないだろうというものもある。
金沢では昭和の頃、試験管のような容器に赤や緑の毒々しいまでに鮮やかな液体をくじ引きの結果によって飲ませるという屋台が出て人気だったらしい。富山で育った僕は記憶にないのだが、くじの結果が良ければその分大きな試験管にありつけたのだという。たぶん中身は当時、普通に売られていたニッキ水だと思われるが、試験管まがいの容器から直接吸わせるというところがすごい。むろん試験管らしきものは使い回しだ。その頃は男の子も女の子も夢中になってくじ引きに挑戦したらしいが、その容器をきちんと洗っていたのかは疑わしいという。今から考えれば不衛生極まりない話で、一人のスタッフは今更ながら眉をひそめていた。
先の見世物小屋も試験管のニッキ水も冷静になればいかがわしいことこの上ないのだが、祭りというハイテンションの中で見たり味わったりすると違和感は何もなかったのだろう。
それだけ祭り会場というのは人の五感を揺り動かすものだったのだ。

ところで祭りといえば昔はひよこを売る屋台がポピュラーだったが、これも絶滅したといって良い。さすがに現代の住宅事情で、ひよこなど買い求めて大きくなられたのではかなわないと皆、考えるのだろう。
しかし昔は普通にひよこを購入していた。祭りで売られているひよこはほぼオスである。うちのスタッフの中にひよこがやがてニワトリになり、ある日学校から帰ると姿を消しており、なぜか夕飯が鶏肉だったという体験を持つ男が数人いた。こんな話は「ちびまる子ちゃん」の中だけかと思っていたので、そんな人間が身近にいることに驚いた。当時は魚をさばくような感覚で鶏など簡単に締めていたのだろう。今なら子供のPTSDが問題になるかもしれない。
いやはや昭和人間たちが話す昔の祭りの屋台の様子を聞いていると、郷愁と同時につくづく往時の子供たちはたくましかったのだと感じてしまう。



※  コラムは毎週木曜日の更新です。
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投稿者:キムキムat 23:53 | コラム

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