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2013年01月08日

コラム♯592  「 人気パーソナリティの条件 」

新年の番組は普段ならネット受けするようなラジオショッピングなどがないため、いつもと違ったリズムになりがちだ。話題も思わぬ方向にそれることが多い。正月三が日に僕が担当した生ワイドもそうで、ひょんなことから過去にエフエム石川に在籍したパーソナリティの人気投票のようになってしまった。

僕も無理に流れに逆らわず、かつて一緒に仕事をした人たちの思い出話をしていたら来るわ来るわ、あっという間にメールが山と積まれていった。

とはいえ、量が増えるからといって人気が分散するわけではない。社員としてマイクに向かった人だけでも20人以上はいるのに名前が挙がってきたのはせいぜい5,6人だった。受け持った番組にもよるのかもしれないが、記憶の中に印象深く刻まれるまでになるのはそんなにたやすいことではないのだろう。


僕自身は放送局の顔になるような人はいくつかの条件をクリアしなければならないと思っている。まずラジオである以上、声質は重要だが、それ以前にしっかりとしたアナウンス技術は不可欠だろう。個性が光ればそれでいいというわけではないのだ。やはり音声だけで伝えるのだから、滑舌が悪かったりイントネーションがおかしかったりすれば輝くような個性もうまくリスナーに届いてくれない。


案の定、人気の上位に来るような人たちは皆、ゆるぎないアナウンス力を備えていた。生ワイドだけでなく、ニュースやお知らせなどの定型原稿も豊かな表現力をこれでもかというくらい発揮した記憶がある。

「○○さんの放送は聴きやすいですね」そんな声を街で何度も耳にしたし、同業の先輩からも「基本ができているねぇ」などという賞賛の言葉をもらった。仲間のことをそのように評価されるのはうれしいものである。

けっきょくのところ基礎が確立されていなければ、やがて聴き疲れするのだ。年に何回かの特番ならまだしも、リスナーの皆さんの生活に密着した生ワイドは聴き心地の良さが絶対だ。確かなアナウンスの土台なくのし上がっていけるほどラジオの世界は甘くないのである。


加えて語彙力や知識も必要だ。一人で仕切っていく以上、機転の良さもなくてはならない要素だといえる。

ただ、今回人気上位にきたパーソナリティの顔ぶれを眺めていて、僕はもう一つ気づいたことがあった。いずれも時事ネタをトークに盛り込んでいくのがとてもうまかったのだ。それは政治や経済の動きだけではない、スポーツからB級の事件まで守備範囲は広かった。それも新しすぎず、かといって古すぎずという絶妙のタイミングで繰り出すのだ。「そう来たか」と唸らされたのは一度や二度ではなかった。


あのような技は酒の席で鍛えられたのではなかったかと僕はにらんでいる。そもそも人気パーソナリティと呼ばれた人たちは酒が強かった。これは偶然ではないだろう。不特定多数が集まり話題が錯綜するような酒席で知らず知らずのうちにパーソナリティとしての素養が磨かれていったにちがいないのだ。


けれども時代の趨勢として、酒席を好む若者は減ってきているという。アナウンサーやパーソナリティを目指す人たちも然りらしい。そうなるとアナウンス技術は磨くことはできても時事ネタを嗅ぎわける能力などはどこで会得していけば良いのだろう。

ラジオはこれからどんどんつまらなくなっていくのではないか・・・

嫌いな人に無理やり「酒を飲め飲め」とは言わないが、だったらそれに替わる修行の場を早急に見つけ出さなければならないだろう。

 

投稿者:キムキムat 20:46| コラム