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2011年04月13日

物事の本質を見極めましょうか

東北関東大震災には言葉を失ってしまいますが
その後の我々国民・・人間の言論や行動にチョット疑問です。
批判として声を荒げるつもりはありませんが、
どこかで共感していただければ幸いです。

2011年3月11日 太平洋プレートと北アメリカプレートが接する
日本海溝が地震を起こしました。
巨大な津波が発生し戦争なみの被害をもたらし、
東北地方の町は壊滅的状態にさらされてしまいました。

地学にちょっとだけ興味をもつ私は、たまたま被害が皆無状態だったので
「それだけの事」として厳粛に受け止めました。
もちろん精神的には大きな衝撃を受けましたので、
非常に微力ですが義援金の寄付や、チャリティーイベントにも
参加いたしました。


我々人間は非常に弱くて卑怯で臆病です。なので、
この記事を書く私ももれなく臆病なので何か不安な要素があると
「物事の本質」をすぐ見失ってしまいます。
この“見失い”がさらなる不安をあおって負のスパイラルに陥ってしまいます。
偉そうな発言ですが、私は自分自身にそう言い聞かせてます。

福島の原発に降りかかったトラブルを不安に思うのは私も同じで、
テレビやラジオからの報道やネットの公開情報に振り回されております。
しかし、本質を見抜くことができればその不安も和らぐはずなのです。
本質なんて難しいことを言ってますが、表現する別の語句が見当たらないので
仕方がありません。


そもそも原発は増え続ける電力需要におされて建設されました。
しかも非核の国、唯一の原爆を投下された国土にです。
当時、賛否紛糾スッタモンダ色々あったことは想像に難しくありません。
しかし、現に数え切れないほどの恩恵を受けて今日の私たちの
生活がなりたってしまっているのは事実です。
今もパソコンのキーボードをガチャガチャできているのも電気のおかげ。
電気が無きゃそれができないだけのことです。
これが私の言う本質です。


某知事さんは「こんなに自動販売機もパチンコもいらない」と言ったそうですが、
それに対して業界の方々が「我々だって節電しているんだ」と反発したらしい。
その都知事さんの言い分は「多すぎだ」と言っているとするなら
業界の反論は残念ながら見当違いの反論だと思います。
某タレントさんは「お台場に原発を」と言ったそうですが、
世の反応はいかがでしょうね。

本来、「お腹が減るので食べる」 「必要だから買う」
「欲しいから買う」 これらがあるべき姿だと私は思います。
では「あるから使う」というケースをどう考えますか?
「あるから食べる」だとか「あるから欲しい」という場面ってないですか?
そういう欲求・欲望のせいで、他のどこかで犠牲を出しているとするなら
それは大問題です。

ここ数週間で「あるから使っちゃう電気」に気が付いた方も多いようですが
私もそのうちの一人です。動いているから乗っちゃうんですよね、電車。
電気というと限定的ですが、化石燃料(石油・ガス)も同じですよね。
お金を払えば手に入っちゃいますから、枯渇しちゃう実感も不安も無いんですよね。
実感がわかないので、エコに真剣さが足りないんです、残念ながら。
ゴミの分別はしっかりしてそれがエコだと信じきっちゃっていたり、
「リサイクルされるから・・」とペットボトルを湯水のように消費しちゃったり、
みんな使っているからエコバッグとか。


まわりを見て自分の価値観を決めていませんか?
ツイッターやブログの記事を鵜呑みにしていませんか?
「みんなやってるじゃん」みんなって他人100%ですか?
「だってそうだよね・・」って他人に押し付けていませんか?
本当にあなた自身が見抜いた本質で判断しましたか?
自分の不安に理由をつけて強引に正当化していませんか?


かく言う私も常に考えるようにしています。

投稿者:事務所の主at 20:33| 雑感